第5回(2021年度)アジア経営学会賞受賞著作
■受賞者
安煕卓 (九州産業大学商学部教授)
■受賞著作
『労使関係の日韓比較』、2020年、文眞堂
■審査委員会からの講評
本書は、最後の第12章「労使関係の日韓比較」のみ書き下ろしで、他の章は筆者が2012年以降書き続けた論文の集大成である。各章が独立した論文とはなっているが、その寄せ集めというのではなく、当初から単行書としてまとめるべく意図して書かれた包括性をもっている。
全体の構成は、日本と韓国が対比されるように配慮されており、第1章と第2章が両国の労働運動への史的接近、第3章と第4章が労働組合と経営者団体の関係の分析、第5章と第6章が団体交渉と労使協議制度の分析、第7章と第8章が労働争議と紛争解決システムの分析、第9章から第11章が複数労働組合に関する分析、第12章が全体を展望するまとめである。これらに加えて女性労働に関する補章が2つある。
著者の問題意識は、日韓の労働組合が、共に企業別組合、終身雇用、年功制を基本としながらも、日本では協力的な労使関係を構築した一方で、韓国では対決的な労使関係を構築した理由の解明にある。日韓比較にあたって、労働団体や労働法制などの分析にとどまらず、政治経済的環境や社会・文化的特質が多数の資料に基づいて、詳細かつ広範に分析されている。このような個々の研究成果の集大成が本書であり、その包括性また重層性は他書をもって代えがたく、それが本書独自の学術的な存在感を明示している。労使関係の国際比較研究が乏しい中で、日韓比較の視点を取り入れて分析を行ったことの意義は大きく、労使関係の研究者、本学会のみならず日本の経営学界の発展に寄与できるものと評価される。
さらに、本書は産業界に対しても有益な貢献をなすと考えられる。特に、韓国に進出している日本企業、また日本に進出している韓国企業の本社人事労務担当者には、それぞれの進出先における人事労務管理方針を立案する基礎知識として大いに役立つものと思われる。日韓企業の経営特質の相互理解が本書によって新たに深化されることが期待される。
本書が既発表の論文をまとめたものであることから生じる一貫性の欠如、先行研究に対する批判的な検討の欠落などの難点も指摘されたが、それを補ってあまりある事実を蓄積した情報量の豊富さや取り上げた論点の広範さを鑑みて、本書が学会賞を授与するに値する学術的水準を実現していると判断した。
2021年9月7日
アジア経営学会 学会賞審査委員会
委員長 上田義朗(流通科学大学)
副委員長 吉野文雄(拓殖大学)