アジア経営学会

第9回(2025年度)研究奨励賞受賞論文

■受賞者

李澤建 大阪産業大学経済学部・教授

■受賞論文

「新興国自動車産業のキャッチアップ戦略 -制約と機会-」
『アジア経営研究』第30-1 号(J-STAGEにリンク

■審査委員会からの講評

本論文は,新興国自動車産業のキャッチアップ戦略について,20世紀から21世紀への時代的転換を背景に,FDI(外国直接投資),技術移転,需要構造の変化,そして政府の制度改革という複数の要素を統合的に分析している点に大きな特徴がある。

第1に,従来の供給側(技術・生産システム)中心の議論に加え,需要側(市場構造・消費者心理)へのアプローチを重視し,中国のモータリゼーションや電動化政策の事例を通じて,民族系メーカーの成長と自立化のメカニズムを明らかにしている。特に,中国の事例においては,乗用車比率やR値の変化,市場の急速な拡大といった需要構造の変化が,民族系メーカーの能力構築と制度改革と結びつき,キャッチアップ成功の鍵となったことが説得力をもって示されている。一方で,人口規模は操作困難な外生的要因であるため,各国の産業政策がキャッチアップの成否を左右する重要な要因と考えられる。また,産業政策を策定する際には,人口規模そのものが考慮すべき要素の一つであり,その点で,人口規模に大きな差がある6か国を研究対象とした妥当性については,一定の検討の余地が残る。加えて,各国の産業政策は,地理的要因,経済圏の構造,国内資源,成長段階などの多様な要素に基づいており,それぞれの国の競争優位性を踏まえれば,自動車産業において民族メーカーの育成を必ずしも国家的優先課題としなかった可能性もある。したがって,あらゆる産業分野において自国の民族メーカーを育成する必要があるとは限らないという観点も,今後の分析の深化に資する視点である。それでもなお,本論文におけるメキシコ・ブラジル・タイなどのGlobal Manufacturing Hub型,インド・ロシアの停滞型,中国の自立型といった国別のキャッチアップ戦略の類型化は,各国の成長パターンや制度的背景の違いを明確に整理しており,比較研究としての独自性が高い。

第2に,FDIの「教師役」としての機能と,過度な外資依存がもたらす自立化のジレンマ,さらには制度改革のタイミングと内容が民族系企業の発展に与える影響など,現実の産業発展プロセスを多面的に捉えている点は評価に値する。分析の深度や実証的な裏付けに関しては,国ごとの事例や統計データの活用が丁寧である。ただし,より詳細なケーススタディや定量分析が加わることで,さらに説得力が増す余地がある。

総じて,本論文は新興国自動車産業のキャッチアップ戦略に関する学術的・実務的貢献が大きく,21世紀の産業発展を考えるうえで重要な示唆を与えている。新興国自動車産業の新しい地平を切り開く知見が豊富に盛り込まれており,既存の理論枠組みに新たな視座を加える論文であると評価できる。

以上の評価に基づき,本論文がアジア経営学会研究奨励賞に相応しいものと判断した。

2025年9月13日

アジア経営学会
学会賞・研究奨励賞審査委員会
委員長 田中 彰(京都大学)
副委員長 田畠 真弓(専修大学)