アジア経営学会

コラム:アジアビジネス研究レポート

アジア経営研究のための着眼点
―東南・南西アジア5カ国の訪問レポート―

上田義朗(流通科学大学)

東南アジア3カ国(ベトナム・ラオス・カンボジア)と南西アジア2カ国(ネパール・スリランカ)を2018~19年にかけて訪問・調査する機会があった。そこでの知見に基づいて、アジア経営学会における研究進展のためにいくつかの着眼点を指摘したい。

1.アジア経営研究における留意点:最近のビジネス環境

第1に、米国と中国の「貿易戦争」が、アジア諸国の企業経営に及ぼす影響が注目される。米国向けの輸出に依存する中国企業が東南アジア諸国に進出することもあるだろうし、対米輸出製品の生産縮小で中国向けの原材料輸出が減少する日系またアジア企業もあるだろう。果たして、その実態はどうなのか。

第2に、中国経済の成長戦略である「一帯一路」構想について、アジア諸国の経済と企業経営の現状や影響に着目したい。すでに当学会でも研究成果が報告されているが、その後に進展する現状分析は継続されるべき研究課題である。

第3に、アセアン経済共同体(AEC)成立後のアジア企業経営の変化は重要課題である。物品の流れの拡大・縮小(=貿易動向)や、域内企業相互の直接投資の動向は調査対象として興味深い。

第4に、2019年のアジア経営学会第26回全国大会の統一論題「アジアにおける第4次産業革命と企業経営の課題と展望」は、今後も継続に値する研究課題である。さらに国連によるSDGs(=持続可能な開発目標)に対するアジア各国・各企業の取り組み状況の現状や比較分析も魅力的な研究課題になるであろう。

第5に、日本で2019年4月から始まった外国人在留資格の拡大に伴って、アジア人材の採用・育成・管理に関する新たな視点からの調査研究が求められる。多様な在留資格をもつ外国人と現地採用の外国人の包括的な育成と管理が検討されなければならない。

第6に、日本と韓国の政治関係の悪化が、両国の経済や企業経営に及ぼす影響にも注意を払いたい。韓国企業のアジア進出は顕著であり、研究蓄積も多数あるが、日本と韓国の経済・ビジネス関係が今日的な課題として検証されてもよい。

第7に、アジアにおける日本企業の技術力やブランド力が今こそ再評価されるべき時期ではないか。上記の「一帯一路」構想やAECが進展する中で、日本企業の立ち位置を確認することは重要である。中国を始めアジア諸国は、日本の資本力よりも技術力をより強く欲しているように思われる。日本企業の技術移転の実態や影響が注目される。

以上、アジア経営研究における政治経済的な背景を任意に指摘した。これらの観点からアジア諸国における同一企業間ネットワークやサプライチェーンを鳥瞰することによって、研究課題が多様に発掘されることが期待される。では次に5カ国における経済・企業経営の動向について私見を述べる。それらに基づいて上記の留意点が抽出されている。

2.ベトナム経済成長は新段階に踏み出している

「中国でFacebookは禁止されているが、ベトナムでは容認されている」。これは、経済発展では中国に後塵を拝するが、民主主義では中国よりも先行しているとベトナム人が自負する要因の1つである。それを活用したIOTの進展は、Grabの登場に代表されるタクシー業界のみならず、さらに多様に展開されている。

ベトナム不動産業界の活況は、外国人投資と国内投資の双方によって維持されてきたが、国内投資は減退傾向である。ベトナム政府が、汚職摘発のために大規模プロジェクトの進行を停止させていることも理由である。他方、不動産のみならず会社の売却や株式譲渡による「富裕層」が出現している。この資金の方向性が経済に影響を及ぼすが、外国逃避する事例も複数見受けられる。なおマクロ的に見れば、不動産開発は農地減少を意味する。その結果、ベトナムにおける農産物の確保は従来の安価な中国輸入から、ベトナム企業が主体となってカンボジア・ラオスからの輸入に移行する可能性がある。

日本留学した優秀なベトナム人材が急増している。それが、日本ベトナムの経済関係の深化と拡大に寄与している。ただしベトナム人を含む外国人材の効果的・効率的な国内外における管理は、依然として日本企業の課題である。

現在、ベトナム企業は日本からの技術移転を歓迎している。かつての日本企業が欧米企業の技術を貪欲に獲得したことに似ている。この場合、抜かりのない契約書の締結があれば、知的所有権の侵害リスクは軽減される。また技術移転の形態は多様である。たとえば合弁企業について、ベトナムで設立のみならず、日本での設立が検討されてもよい。

最後に、ベトナム自動車産業の動向が注目される。ベトナム最大の財閥ビングループはビンファースト社を設立し、乗用車の製造・販売に乗り出した。それは果たして「ベトナム国民車」になりうるのか。さらにベトナム自然環境の悪化を考慮すれば、本格的なEV(電気自動車)導入は不可避であるが、既存のトヨタやホンダのベトナム戦略はいかなるものか。なお、ビングループを始めとするベトナム財閥の実態は魅力的な研究対象であるが、その資料入手や聞き取り調査は容易ではない。この「壁」に対する挑戦が期待される。

3.AECの発展と「一帯一路」推進の交差点としてのラオス

ラオスは人口が少なく(701万人)、港湾を持たない内陸国(Land locked country)である。これらは海外直接投資にとって負の要因とみなされてきた。しかしビジネスと同様に研究においても先入観や予断は禁物である。

周辺5カ国(ベトナム・中国・ミャンマー・タイ・カンボジア)の連結国(Land linked country)という観点からは、ラオスは「タイ+ワン」また「ベトナム+ワン」の投資国とみなされる。その円滑な連結のためにはJICAが支援してきた「東西経済回廊」の道路規格の向上が望まれる。また首都ビエンチャンとベトナムの首都ハノイを結ぶ高速道路の建設計画の着工も期待される。これらのインフラ整備はAECの発展に寄与する。他方、中国による民間投資やラオス政府に対する借款は顕著である。中国の「一帯一路」構想における「陸のアセアン」の「南下政策」の出発国がラオスである。特に昆明からルアンパバーンを経てビエンチャンを結ぶ鉄道建設が進行中である。ラオスはAECのメンバー国であるが、そのAECに中国の「一帯一路」構想に基づく中国投資が浸透している。これらの現状とビジネス展開の動向は研究調査に値する。

これまで主要な経済特区と言えば、首都ビエンチャン周辺と中部サバナケットの2カ所であったが、「パクセージャパン日系中小企業専用経済特区」が第3に注目される。ラオス三大都市の一つであるパクセーは世界遺産ワットプーや、メコン川唯一の「コーンの滝」の観光基地である。このことは、外国人観光客向けのレストランやホテルの相対的な充実を意味している。そのパクセーに日本企業向けの中小企業専用の経済特区が建設され、すでに日系企業10社以上が操業中である。より詳細な企業調査や、他の経済特区との比較分析が望まれる。

パクセー近郊のボラベン高原は野菜栽培に適当な気候と言われてきた。またメコン川流域の広大な土地は、近代化された農業や牧畜業の実現可能性を秘めている。

首都ビエンチャンは増加する観光客向けにホテル建設が活発である。市内の交通渋滞も深刻化している。また世界遺産ルアンパバーンも観光地として順調に発展している。前述のパクセーを含むラオス観光産業の現状分析に基づいた体系的な発展計画の提言が求められる。

4.カンボジアに対する中国の影響:シハヌークビルの「マカオ化」

カンボジアの首都プノンペンに高層ビルが目立つようになった。これらは主に中国資本である。カンボジア証券取引所の設立を韓国が支援し、韓国系カムコー銀行が主導する「カムコーシティ」の不動産開発に私は注目してきたが、プノンペンにおける韓国の存在感は希薄化し、それに代わって中国の投資が顕著となっている。

東南アジア競技大会(SEAゲーム)の開催地は2019年12月にフィリピン、2021年にベトナム、そして2023年にはカンボジアである。プノンペン郊外に建設中のメインスタジアム(総工費300億円)は中国からの支援である。カンボジア政府に対する中国政府の多様な側面からの影響に留意しなければならない。

株式上場を果たした日系の「プノンペン経済特区」は好業績であり、タイ国境のポイペトに新たな経済特区を建設中である(注:アジア経営学会HP「アジアビジネス最前線」上松裕士氏の記事,2017年,を参照)。これに対してJICAが支援したシハヌークビル港と隣接の経済特区は、「シハヌークビル自治港」として株式上場を果たした。港湾ビジネスは好調であるが、経済特区には空地が目立つ。この理由は土地単価が当初から高額(60米ドル/㎡)のためである。JICA支援で同じく株式上場した企業には「プノンペン水道公社」がある。このようなJICA支援企業の株式上場後の企業統治や経営状況の調査は、日本の公的資金の使途について継続的な検証になりうる。もちろんカンボジアにおける経済特区の比較分析は興味深い。

カンボジア南部シハヌークビルにおけるホテル建設工事の喧噪と中国人街化は、シハヌークビル国際空港の開港以降に顕著になった。欧米人の「隠れ家」的な素朴な海岸リゾート地の姿は消え去った。建設中のカジノ併設のホテルが完成すれば、おそらくシハヌークビルは「マカオ化」するのではないか。

中国人の投資家や企業に不動産を売却した地元カンボジア人は高額の収入を獲得するが、その後の不動産賃貸料の上昇や農地の喪失によって、同じ地元カンボジア人の生活環境は悪化する。外国投資は一般に途上国の経済成長に貢献し、受け入れ国は歓迎するが、シハヌークビルの不動産に向けた過剰な中国投資は、地元の人々に総じて負の影響を及ぼしている。

もちろん外国ホテル進出に伴う雇用増加が見込まれるが、カンボジア人ではなく中国人が労働者として「移住」してくる懸念があると言われている。シハヌークビル訪問を通して中国の「一帯一路」構想の功罪の一端を実感できたように思う。

なお、世界遺産アンコールワットを含むシェムリアップには、新たな国際空港の建設計画があり、不動産開発が展開中である。また農業においてマンゴー・コメ・サトウキビ等も有望と言われている。

5.「陸の南西アジア」ネパールのビジネス動向

ネパールは内陸国であり、インド・中国という大国に隣接しており、国内の製造業の発展には制約があると思われる。そうであるとすれば、今後の成長が期待される主要な産業分野は観光・農業・人材ではないか。

ヒマラヤ山脈の観光基点となるネパールは世界の観光地として不動の地位を占めている。今後、長期滞在型の高級リゾートホテルの建設や、インド北部の人口2億人を対象にした国境付近のカジノ併設ホテルの建設も有望であろう。釈迦の生誕地である仏教の「聖地」ルンビニは、国際空港が完成すれば、新たな観光客が確実に増加する。さらに隣国ブータン王国を含めた観光資源の開発と整備も期待できる。また、ネパール南北の地理的な高低差は、たとえば南のマンゴーから北のリンゴまで多様な農産物の生産が可能である。農業技術の移転や支援と農産物加工は、本格的なビジネス化の可能性が十分にある。

ネパールの貿易収支は恒常的に赤字であるが、比較的多額の外貨準備髙を有する。これは、上記の観光収入と外国送金に依存している。現地の日本語学校の増設に伴って、日本のネパール人留学生や外国人技能実習生は増加を示すであろう。さらにIT技術の日本語人材の供給も期待される。こういった意味で外国向け人材ビジネスに注目である。それに呼応するように首都カトマンズと関西空港の直行便の運行が2019年8月から始まった。

これまで日本企業はインフラ整備に関わるODAに関与し、現在は電力輸出が可能になったために水力発電所の建設に関心をもっている。私見では、ネパールが世界中から注目される観光地であり、インドと中国に隣接していることが念頭になければならない。ビジネス機会は、日本とネパールの二国間の視野だけでは見えないことがある。たとえば日本の総合建設会社は、中東ドバイの建設工事のためにネパール人労働者を延べ5,000人送り込んだと言われている。

6.「海の南西アジア」スリランカのビジネス動向

スリランカも中国投資が活発な国である。中国の「一帯一路」構想にとってラオスが「陸の東南アジア」、ネパールが「陸の南西アジア」の「入り口」とすれば、スリランカは「海の南西アジア」の「ハブ」と位置づけられるのかもしれない。こうした大局的な観点は、長期的な成長を考える企業の経営戦略の策定においても不可欠であると思われる。

2019年4月21日にスリランカの最大都市コロンボを中心に同時多発爆発テロ事件が発生した。これは、ようやく達成したかに思われた政治的安定に対する大きな逆流である。観光業には大打撃であり、ホテル建設などの不動産投資を躊躇させることになる。総じて外国直接投資は停滞すると予想される。ただし、これは一般的な評価である。長期的なスリランカ経済成長を信じるなら、政治的リスクが増大している今こそ投資の好機である。不動産価格が下落したり、売り手よりも買い手の交渉力が上回ったりするからである。

「ハイリスク=ハイリターン」は投資判断の通常の一つの指針であるが、日本の特に大企業は最も遠くに位置しているように思われる。ビジネス対するリスク受容度の大小は、企業経営者の個々の判断に依存するが、その大小が傾向や慣行となれば、それは当該国の「企業文化」の問題となる。アジア各国における企業文化の成立の背景・経緯・変容、それらの比較研究は重要な研究課題とみなされる。

スリランカは、「セイロン紅茶」の産地として欧州やロシアの人々から知名度は高く、現在は避寒のリゾート地として人気がある。世界遺産と海岸リゾートで有名なゴール市に前述の「爆破テロ」の被害がなかったことは、スリランカにとって不幸中の幸いであった。依然として観光業は有力な成長産業である。さらに世界の紅茶市場においてスリランカの地位はケニアに次いで健在である。たとえば日本企業の著名ブランド「午後の紅茶」はセイロン茶葉を使用している。

なお日本企業の直接投資について言えば、通信販売会社ベルーナや小田急電鉄がリゾートホテルや商業施設の建設計画を発表している。高級陶磁器メーカーのノリタケは、最適な原材料の入手が可能なことからスリランカ進出を決定し、同社最大の生産拠点となっている(注:スリランカの経済・経営の動向については、上田義朗「アジア風見鶏:スリランカの「紅茶王」に会う」『ひょうご経済:Asia Business Compass Vol.10』ひょうご経済研究所,2019年6月でも紹介している)。

南西アジア諸国7カ国(インド・パキスタン・モルディブ・スリランカ・バングラディッシュ・ネパール・ブータン)は、日本企業にとって一般に東南アジア諸国の次の段階の投資や販路拡大の対象国とみなされている。そうであるなら、既存の進出企業は先駆的なビジネス事例を提供してくれる研究対象とみなされる。なお先駆的な進出先と言えば、アフリカ諸国にも注目である。近い将来に「アジア経営学会」が「アジア・アフリカ経営学会」に発展・進化することがあるかもしれない。