アジア経営学会

コラム:アジアビジネス研究レポート

2018年10月24日受付

韓国財閥研究と政治動向について

慶應義塾大学 柳町 功

韓国経済の主軸をなす財閥(チェボル)を取り巻く環境は、近年特に目まぐるしく変化している。2016年秋に勃発した「崔順実ゲート」に絡み朴槿恵前大統領の罷免・逮捕に至る中で、サムスンやロッテのトップが贈収賄事件の贈賄側として逮捕・収監されるという、一連の状況は日本でも詳細に報道されてきた。両財閥トップが相次いて逮捕・収監され、一審で有罪(実刑)、控訴審で執行猶予付きの有罪となり、ようやく釈放されて経営に復帰できたのは、収監後サムスンで約1年後、ロッテでも8か月後になってのことであった。ともに最高裁判決が出るまで裁判は続くが、政経癒着の根絶を表明する文在寅政権の下、司法はどのような判断を下すか目が離せない。

こうした状況は極めて政治的かつ現在進行中の裁判案件であるため、これ自体が学術研究の対象になるのはしばらく先のことになる。しかしコーポレートガバナンスの視角からの財閥研究は、近年では質量ともに充実しつつあると見られる。最近5年間について、韓国研究財団の認定する学術誌に掲載論文(財閥関連)のタイトルからキーワードを拾ってみると財閥時代の終焉、家族支配、社外取締役、CSR、所有構造、持ち株会社制度、資本調達といったものが目につく。運動さらに一般学術誌と呼ばれる雑誌類には、より時代を反映した内容が多くなっている。財閥改革、資本主義と財閥、青年失業問題、株主行動主義、取締役会改革、政府の対財閥政策、また財閥批判的な内容としては経済力集中、権力主体としての財閥、家族支配、継承、循環出資などの論文が多い。個別財閥については、やはり近年はサムスングループ創業家の世代交代と継承、出資構造、外国資本問題といったテーマの論文が多い。このように、韓国における財閥研究は、具体的なイシューに関し、特定企業を題材にした論文が非常に充実しつつあるというのが印象である。

では書籍ではどうであろうか。ソウル市内の大型書店などでもイシュー別の一般書籍として、財閥関連の評論や読物が多く目につく。研究者のみならず一般人の知的関心が財閥問題に向けられていることは、やはり近年の財閥関連スキャンダルの影響とかなり受けていることの表れであろう。タイトルだけを挙げると『韓国財閥の裏歴史』、『韓国 資本権力の不良なる歴史』、『財閥3世:韓国経済のもう一つの巨大な門』『韓国を動かす婚脈・金脈』など、おもに政治権力との関係や世襲問題を扱った書物となっている。一方、純粋な学術研究書としては、キム・ドンウンの持ち株会社体制研究、チェ・ジョンピョの財閥経営史研究、キム・サンジョの財閥改革研究などが代表例であろう。

キム・ドンウン東義大教授による『韓国財閥と持ち株会社体制:34財閥の趨勢と特徴』(韓国学術情報、2017)は、今までの持ち株会社研究に基づく研究書で、今まで主要グループ別に発表してきた持ち株会社移行問題に新たな内容を追加して整理した成果である。財閥の所有構造を巡る議論のポイントが従来の循環出資から持ち株会社体制への移行にあり、政府の政策的誘導と財閥側の対応の焦点がまさにこの部分にあるため、非常に示唆に富んだ研究書となっている。

チェ・ジョンピョ建国大教授(経済学)は企業成長における所有と経営の分離を主張する立場に立ち、経済正義実践市民連合という市民団体の一人のリーダーとして財閥改革を強力に主張してきた。経済学者の立場から財閥史研究としてまとめたのが『韓国財閥史研究』(ヘナム、2014)である。キム・サンジョ漢城大教授(経済学)もまた経済改革連帯のリーダーとして小額株主運動などの実践を通じ、財閥側に真正面から改革要求を与え続け財閥から改革実績を引き出すなど、もっとも著名な財閥改革論者の一人である。『縦横無尽 韓国経済』(オーマイブック、2015)では韓国財閥経済論としての長年の議論を整理している。なお両人とも、現在の文在寅政権で重要なポストについている。キム・サンジョ教授は政権発足の2017年5月から公正取引委員会委員長として、主に財閥政策の責任者の地位にある。チェ・ジョンピョは2018年3月より国策シンクタンクである韓国開発院院長となっている。進歩派政権としての基本性格の下、進歩派市民団体のリーダーとして活躍した著名な学者を財閥政策・政策研究の責任者に抜擢した意味からは、政権としての基本姿勢がうかがわれよう。なお、青瓦台(大統領府)の政策室長には、政権発足時からチャン・ハソン高麗大教授が就任している。同氏もまた市民団体(参与連帯・経済改革連帯)のリーダーとしてサムスン電子はじめ多くの財閥に圧力を行使し、株主総会改革・取締役会改革・所有構造改革などを引き出してきた人物である。

ここで上記に関連して指摘できるのが研究主体としての市民団体および市民団体傘下の民間シンクタンクの存在である。かつて柳町(2009)で言及したように、韓国の財閥問題は市民団体の存在抜きにしては語れない。また「市民」と言っても、大学教授や会計士、弁護士といったメンバーが主体となって運営されており、組織のリーダーたちは時の政権との距離の「近さ」ゆえに政権幹部に抜擢されることもしばしばある。上述した経済改革連帯(経済改革研究所)では、財閥問題はじめ多様な問題を調査し報告書を刊行している。純粋な理論的研究よりも現実のイシューをとらえての実証研究・実態調査となっている。政権の政策評価、公正取引(独占禁止)制度、政経癒着問題、経済力集中、株主代表訴訟、持ち株会社制度、取締役会、社内・社外取締役、役員報酬などが主要な論点となっている、さらに主要財閥に対しては、家族継承や所有構造改革などが詳細に分析されている。また必ずしも学術研究とはならないが、経済正義実践市民連合、経済改革連帯、参与連帯といった市民団体は、財閥関連イシュー、特に不祥事問題の発生などに対し積極的な意見表明を行っている。これら進歩派市民団体は言うまでもなく財閥に対し批判的見解がほとんどであるが、保守派の側からの論調としては、個別イシューに対するよりも、より大きな枠組みの中で肯定的に財閥問題を議論し、進歩派政権を批判する主張が展開されている。趙甲済ドットコム`などが代表的である。

以上韓国における財閥研究の一側面を概観したが、最後に筆者としては歴史的視点からの研究蓄積の乏しさを指摘しておきたい。筆者も所属する韓国経営史学会は30年以上の歴史を持ち、学会誌『経営史学』(現『経営史研究』)上に所属会員による企業史・企業家史・産業史といった具体的研究が発表されてきた。同学会設立当初からの歴史を知る筆者としては、学会創設時代の研究業績の質的継承・発展がなかなか実現できていないように思われる。それは韓国の財閥(企業)が歴史的研究対象としてなかなか認識されていないことと無縁ではない。研究者の数が少なく、企業関連の一次資料が極めて乏しいという制約条件はあるが、過去のさまざまな事象を客観的な根拠に基づいて検証をしておくことは今後の財閥(企業)研究にとっての大きな拠り所となりうる。

ところで財閥史研究については、財閥側が積極的に内部資料を公開するだけでなく、独自の調査・研究を実践すべきであろう。ホームページ上に「自社の歴史」といった形で簡単にまとめ、新入社員教育用に教材を作るだけでなく、それを超えて本格的な歴史的分析を行い明確な検証を実施しておくべきである。謙虚に過去を学ぶという姿勢は、近年企業関連不祥事が続発している韓国、また日本にとっても必要不可欠であろう。今日的な財閥関連イシューに関する研究と同様、財閥史関連の研究が一層発展することを強く望むところである。

※参考文献
柳町 功「韓国における財閥問題と市民団体 -参与連帯の活動を中心に-」田島英一・山本純一編著『協働体主義』慶應義塾大学出版会、2009.11、175-200頁。
経済正義実践市民連合 経済正義研究所
http://ccej.or.kr/special_type/economy-definition-laboratory

経済改革連帯 経済改革研究所
http://www.erri.or.kr/

参与連帯参与社会研究所
http://www.peoplepower21.org/IPS_main

趙甲済ドットコム
http://www.chogabje.com/