アジア経営学会

コラム:アジアビジネス最前線(FRONT LINE OF ASIAN BUSINESS)

2018年9月17日受付

アジアの一隅で人生100年時代を見越したキャリア形成を考える
―ASEAN地域におけるビジネスパーソンの成長に資する社外活動の有用性に関する所感―

一般社団法人 ストーンスープ 事務局長
STONE SOUP ASEAN 代表
落合 章浩

【1】はじめに:「人生100年時代」人材は東南アジアで育つのか
昨今、「人生100年時代」という言葉が喧伝されている。日本の生産年齢人口(15歳~64歳)は減少の一途をたどり、国力としての国際的、経済的地位を維持することが困難になってきている。この国難に対し、国民の意識改革を図り、生産に関わる潜在的資源を顕在化させるために、政府は「一億層活躍社会」の実現を企図し、「働き方改革」を中心に様々な政策を展開している。

これらを背景とした「人生100年時代」とは、キャリアの在り方を多面的に捉え、多重帰属の恒常化、中長期的キャリアの円滑な継続、高齢期における社会・資源生産貢献の実現をサポートしようとする政策思想である。個人レベルの視座では、グローバル社会において活躍する人材の在り方を想定した思想であり、資源の先細りが避けられない先進諸国において、国家と個人とが相互に恩恵を享受できる社会に必要だとする思想である。しかしながら、これらの真意が理解されぬまま、就業時間管理といった新「ルール」に真摯に従おうとする日本のビジネス現場の実態は、まさに旧態依然とした「働き方」を象徴しているようである。

一方で、日本とは状況を異にする東南アジアの生活環境下においてキャリアを形成する日本人は、「人生100年時代」に活躍できる人材と成り得るのであろうか。

本稿は、ベトナムホーチミンの生活環境をサンプルとし、ASEAN地域におけるキャリア形成が「人生100年時代」人材の誕生にどのような影響を与え得るかを述べるものである。また、本所感にあたっては、特に「人生100年時代」をサポートする要素として重要な役割を果たす「社外活動」を軸に思考を展開する。

【2】自己紹介:集まってくれる全てのメンバーから美味しいお出汁が出る
本旨に入る前に、筆者自身について簡潔に紹介したい。筆者は2017年2月、新卒以来帰属する民間企業の辞令を受け、ベトナムに赴任した。業務内容は現地パートナーが過半出資する合弁物流事業会社の経営陣として、同社を運営すること。創業と同時期に赴任し、現在の従業員数はおよそ140名。英会話すらままならない状態で初めて経営に携わることとなったものの、2年弱で会社を軌道に乗せた経験は、一生モノの原体験となろう。

一方で、社外活動の一つとして15年来運営に携わる組織がある。それが「一般社団法人ストーンスープ」である。同組織は早稲田大学が田原総一朗を塾頭として創設した「大隈塾」を基盤にした自他己研鑽塾組織である(※1)。多くの仲間に囲まれながら、「自分の頭で考え、行動するリーダーシップ」を行動理念とし、「たくましい知性」を体得することを目的としている。この「ストーンスープ」とは「ごった煮」を示し、「集まってくれる全てのメンバーから美味しいお出汁が出る」という想いが込められている。

2017年5月、STONE SOUP ASEANを創設。2018年8月現在、ホーチミン市を中心にメンバーは180名を超え、常時20名~30名程度の意識ある仲間たちが集い、異業種交流勉強会や国内外のスタディーツアーを展開している。参加にあたって、早稲田という枠は当初から存在しない。意志があれば仲間である。

【3】社外活動が本業に与える影響
2018年8月現在、ホーチミン市における社外コミュニケーションの場として提供される日系サークルは約140団体になる(※2)。非公開団体を加味すれば200団体は下らないであろう。これらには、商工会組織等の経済団体を含んでいない。届出ベースによる在ホーチミン日本人が約9,500名(※3)とすると、日系に限定しても、十分に社外コミュニティに接触するチャンスはあると言える。千差万別のバックグラウンドを持ちながらも、これらのコミュニティの共通候には「帰属場所の提供による安心感の創出」「類似属性者同士の接点の提供」という点にあろう。

筆者はかつて、修士論文(研究)において、社外活動(非報酬活動)が本業(仕事等被報酬活動)に与える影響について調査している(※4)。同研究によれば、『「社外活動」も「本業」もプロアクティブに活動に取り組む人は、「本業」に集中する人よりも、行動性において、「会社組織プロアクティブ行動」「プロアクティブ性格」「巻き込む力」「レジリエンス力」が高く、性格性において「誠実性」「同調性」が高い傾向にあることが、1%以下の水準で有意である』とし、社外活動が本業に正の影響を与えることを示唆した。

上記を論拠の一つとすれば、「積極的に社外活動に関わらせること」は多重帰属等を是認する「人生100年時代」人材を育成することになる。同人材は従来型の日本企業には容認しがたい存在だが、むしろ「人生100年時代」人材育成に積極的に取り組むことが人的資源戦略の一つとして正しいと言えるのである。

【4】ASEAN地域の生活環境:社外活動から見る「人生100年時代」人材創出の可能性
STONE SOUP ASEANの運営を通して気付いたことがある。メンバーの「インプット・アウトプット意欲の高さ」である。筆者はストーンスープの活動を東京時代から継続してきたが、明らかにその意欲はホーチミン市の方が高い。非公開でありながら口コミで仲間が集い、メンバーは互いの学びを交換する。登壇者の報告内容も魅力的であるが、メンバーとのディベートもまた有意義である。創設から1年余月、順調な運営の背景には次のような理由があると思われる。

1)ホーチミン市は日本人にとってコンパクトシティ
2)知的好奇心を満たすインプット空間が限られる
3)多様性に溢れる住人が在住
4)「海外に居住できる」外向性・同調性の高い住人が多い

これらはつまり、ホーチミン市には、常時、外向性が高く多様性に溢れた人材集団が存在しており、その受け皿を提供すれば濃密な学びのコミュニティの運営(社外活動)が可能となることを示しているのではないだろうか。また、この傾向がホーチミン市に限定されることではないと筆者は考える。つまり、ASEAN地域の主要都市における社外活動は、日本における社外活動よりも、その潜在的効果が現れやすくなる可能性があるのである。

【5】結び:ASEAN地域進出企業が検討すべき人的資源戦略
マーケットがシュリンクする日本では、多くの企業が生き残りをかけて、東南アジアに進出を図っている。業界や企業規模によって差はあるものの、実際に事業を担う人材の社内外からの確保とその育成には頭を悩ませていよう。経営環境はすでに「人生100年時代」人材によって持続可能な経営に挑戦しなくてはならない時代となっている。その背景を前提とした人的資源戦略が肝要である。同人材の流動性は高く、扱いにくいのは事実である。一方で、その人材の有用性は高い。海外で働くストレスに堪えうる可能性も高い。さらに、同人材は社外活動を通してビジネススキルに直結するキャリアスキルを磨くのみならず、業界を超えた広範な人脈を築くことにもなる。つまり、海外人材にとどまらず、次世代を担う人材となりうるのである。従って、人材流動性を高めるリスクを伴ってでも、マインドチェンジを図るべきなのである。

以上から、ASEAN地域に進出する企業は、日本国内にあっても社外活動を奨励し、ASEAN地域にあっても日本よりも社外活動に関わる潜在的効果の濃度が高い環境下で社外交流を推奨することが望ましいと考えるのである。

さあ、背中を押して外に出し、自らも外に出ようじゃないか。

注釈
※1 一般社団法人ストーンスープ(2018年8月アクセス) http://stonesoup.tokyo/
※2 ベトナムスケッチ「Vietnam Sketch」2018年8月号サークル一覧@南部(2018年8月アクセス)
    http://www.vietnam-sketch.com/20180820101074
※3 外務省:海外在留邦人数・進出日系企業数の調査結果(平成30年要約版)(2018年8月アクセス)
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_006071.html
※4 落合章浩(2015)「社内活動におけるプロアクティブ行動と社外組織活動における
    プロアクティブ行動の関係性に関する研究~労働多様性の再認識と有能人材発掘の新尺度提供を目指して~」
    早稲田大学大学院商学研究科