アジア経営学会

コラム:アジアビジネス最前線(FRONT LINE OF ASIAN BUSINESS)

2018年2月23日受付

ホーチミン市における消費様式の変化:情報技術の観点から

Softbank Telecom Vietnam勤務
(ホーチミン市在住)工藤 直毅

1.はじめに
現在ベトナムは、過去10年間平均で7%の高い経済成長率と、情報技術(以下IT)の急速な普及とによって市場環境が劇的に変化している。ITは、多様化したグローバル企業の持続的な競争優位性を保つための戦略的要素のひとつであると同時に、多くの企業を巻き込み国の経済を発展拡大させる効果も持つ。すなわち供給側の大きな変化を通じて、需要側の活動様式をも変化させる技術である。
ベトナム・ホーチミン市における情報技術端末・インフラの急速な普及は、近代的な小売市場を拡大させ、伝統的な消費様式を変化させている。ベトナムでは電子商取引(以下EC)や大型店舗などの市場は展開されたばかりであり、現段階で明らかな判断をすることは難しい。しかし、IT環境の普及を背景として消費様式が変化しているという視座を持つことによって、グローバル化が進む発展途上国のマーケット戦略に対するなんらかの示唆が得られるものと考えている。

2.情報通信インフラの普及
ベトナムにおける固定ブロードバンド契約数は、ベトナム通信省が統計を開始した2012年11月から常に増加傾向となっており、最新の統計である2017年10月度には1,000万契約数を超えている1)。2016年度のベトナムの人口が9,200万であることから、国民一人当たりの固定ブロードバンドの普及率は11%となる。また、ベトナムにおける携帯電話を利用したデータ通信契約数は、2014年からの4年間、1億2千万〜1億3千万契約数でほぼ横ばいとなっている2)。この数字は、国民1人あたりにすると1.3契約となり、個人が複数の携帯電話を所有しているか、またはスマートフォンの他にタブレット等の端末を所持しているということを示している。総契約者数が横ばいで推移する中、2Gの契約者数は減少し、3Gの契約者数が増加していることから、より高速なデータ通信の契約へと移行していることが分かる。3Gは画像や動画など大容量のメディアを扱うことが出来るため、インターネットを介した商取引に適したITインフラ環境である。
2017年4月にはベトナム全土で3Gより高速な通信を可能にする4Gのサービスが開始された。携帯電話用のITインフラ環境は今後も改善されていくものと考えられる。

3.インターネットの使用用途
ベトナムにおけるインターネットの使用用途は、Eメールの他、検索、音楽やビデオの視聴、ソーシャルネットワークサービス(以下SNS)などが挙げられる3)。スマートフォンは、通話を目的としたこれまでの携帯電話機能に加え、インターネットにつないで様々なアプリケーションを動かすことができるプラットフォームでもある。更に、スマートフォンは既存のノートパソコンやデスクトップパソコンより持ち運びが容易で、安価な傾向にあるため、デスクトップPCに比べて、手軽で、より生活に身近な情報技術端末となっている。このスマートフォンの普及はベトナムにおけるインターネットの使用用途を変化させた。
ベトナムにおけるSNS使用の特殊な点として、フェイスブック(facebook.com、以下FB)が9割近くのシェアを持っている4)ことが挙げられる。2015年のFacebook社による統計5)では、ベトナムの18歳から34歳の75%の人がFBのユーザーであり、1日に2.5時間をFB閲覧に費やしているとされる。この時間は、ベトナム人がテレビに費やす時間の2倍であり、スマートフォンの普及によって、ベトナム人が利用するメディアに明らかな変化がおきていると考えられる。
2017年1月現在、ベトナムには、4,600万人のSNSのユーザーが存在し6)、内9割がFBユーザーであり、4,140万人、人口の44%を占めることになる。また、4,140万人のFBユーザー数に対して5,500万のアクティブアカウントが存在する7)ことから、1人あたり平均1.3アカウントを保有していることになる。年代別のFBユーザー割合を見てみると、9割近くが10代から30代のユーザーである。そのため、FBによるマーケット戦略は30代以下に広く訴求する効果があること、40代以上にはデジタル環境に慣れた、限られた中高年層に絞ってアピールすることが出来ると考えられる。
次に、ベトナムのインターネット検索でみられる特殊な点として、ベトナムにおけるブラウザシェア2位のCoc Coc(コックコック)が挙げられる。Coc Cocは、世界的には無名のブラウザであるが、ベトナム向けにローカライズされた検索エンジンを持つブラウザアプリケーションである8)ため、ベトナム国内では人気が高い。例えばベトナム語は、同じアルファベットの並びでも、声調が異なると意味が変わる言語であるが、Coc Cocの検索システムはベトナム語がもつ6種類の声調に対応している。そのため、ベトナム語で検索する人にとって、Coc CocはGoogleよりも使いやすい検索エンジンとなる。その他、ベトナム人が好むフェイスブックへのアクセスのしやすさ、ベトナムのローカル情報を反映させた地図機能も充実しており、徹底的なローカライズが、ベトナムで受け入れられた理由であると考えられる。

4.ECサイトの拡大
現在ホーチミン市の総小売売上のうち、公設の市場(イチバ)やパパママショップなど伝統的小売商による売上割合は7割9)、ITの存在を前提とした近代的な小売業は3割である。
ベトナムでは、ECサイトが急速に普及しており、2015年の同国における企業対個人のEC 取引額は約40億7,000万ドルで前年比37%増となった10) 。また、インターネット利用者のうち、ECを利用する人の割合は62%、1人当たりの年間平均購入額は160ドルであった。
ベトナムで有名なECサイトには、Lazada(lazada.vn)、Zalora(zalora.vn)、shopee(shopee.vn) などがあり、世界的に有名なECサイトであるAmazonは、2018年1月現在、ベトナムには参入しておらず進出計画段階であると報じられている11)。
ベトナムではFBを通じたECも盛んになっている。FBにある店舗は、個人や小規模な専門店による出店が多く、FBメッセンジャーや電話などで価格交渉をして気軽に注文ができるため、客が個人商店や市場(イチバ)へ行き、値段の交渉をした後に購入するといった伝統的な小売業のスタイルに近しいところもあり、ベトナムのEC 利用経験者のうち、ほぼ半数がFBを通じた取引経験があると答えている12)。NNAの12月21日付け報道では、FBで化粧品を販売していた個人に対し、4,540万円の追徴課税が行われたと報じられた。これは、個人であってもECサイトを利用して多額の売上が可能となる市場が既に存在しているということを表している。

5.ホーチミン市における近代的小売業の増加
ベトナム統計省によると、ホーチミン市の2012年から2016年の間の小売業態について、市場(イチバ)の数に変化はみられないが、スーパーマーケットの数は1.2倍、大型商業施設数は1.5倍と、店舗数を急速に伸ばしている13) 。また、ホーチミン市のコンビニエンスストアについては、2008年にサークルK、2009年にファミリーマート、 2017年にセブンイレブンが進出するなど、大手チェーンストアが続々オープンし、各社店舗数を拡大している。2015年から2016年の1年間の店舗数は、サークルKが1.7倍、ファミリーマートは1.4倍、ミニストップは3.3倍に増加している。2017年6月にオープンしたセブンイレブンも、6ヶ月間で11店舗を展開した。つまり、ホーチミン市においては、伝統的な小売市場規模は横ばいであるのに対し、EC・大型商業施設・コンビニエンスストアなど、ITの発達を背景として発展した、近代的な小売市場の規模が拡大しているということである。
この近代的な小売業は,特徴的な構造を持つ。ひとつは,顧客と売り手・各店舗・物流間がインターネットを介して連結され,情報流が成立するとういうことである。もうひとつは,ここでやり取りされる情報は,双方向に流れる文字・画像・映像などのマルチメディア型であるということだ。
大型店舗やコンビニエンスストア、ECサイトなどの近代的小売業が持つ特徴的な構造には、インターネットを介して相互に連結され、顧客と売り手・各店舗間・物流の過程などで、文字・画像・映像などを含むマルチメディア型の情報が双方向に流れることが挙げられる。
このため、ITインフラ環境が発達すればするほど近代的小売業は拡大する可能性を持つということになる。また、ITインフラを介して取引が行われると、その取引の時間と空間は大幅に圧縮される傾向をもつ。取引の時間と空間の圧縮は市場を更に拡大させ、費用構造の変化を引き起こす。このITインフラの普及と、ITインフラ環境を背景とした市場の拡大、費用構造の変化とが、ベトナムの消費様式を変化させている一因となっていると考えられる。


1)ベトナム通信省:The bao Internet bang rong co dingのデータを使用。
2)ベトナム通信省:So thue bao dien thoai di dongのデータを使用。
3)Top website in Vietnam (https://www.similarweb.com/top-websites/vietnam/, 2018年1月3日取得)
4)Statcounter:Social Media Stats
  Worldwide(http://gs.statcounter.com/social-media-stats, 2018年1月3日取得)のデータを使用。
5)Vietnamese on Facebook:Mobile first, multi-screening and ‘always on’, [2015] (https://www.facebook.com/business/news/-Vietnamese-on-      Facebook-Mobile-first-multi-screening-and-always-on)、2018年1月5日検索。
6)Digital in 2017:Southeast Asia report
  (https://wearesocial.com/special-reports/digital-southeast-asia-2017, 2017年12月24日取得)
7)Facebook広告マネージャー。(https://business.facebook.com/) 広告セット作成の
  オーディエンスサイズを元に作成。10代に関してはアカウントが作成できる13歳からの統計。
8)世界的なブラウザのシェアはChrome、IE、Firefoxである。Net Market Share: Browser Market Share [2017]
  (https://netmarketshare.com/browser-market-share.aspx )
9)ニールセン[2015], ”MAXIMISING TRADITIONS―THE SHOP, SHOPPER,
  SHOPKEEPER OCTOBER 2015”
10)ベトナム電子商取引情報技術局(VECITA)[2015], “Vietnam E-commerce report 2015”
11)Viet Nam News : Amazon eyes VN market [2017], (http://vietnamnews.vn/economy
   /419357/amazon-eyes-vn-market.html#SiFIVd0fjwoevU5E.97)
12)ベトナム電子商取引情報技術局(VECITA)[2015], “Vietnam E-commerce report 2015”
13)ベトナム投資計画省(https://www.gso.gov.vn/ )のデータ