コラム:アジアビジネス最前線(FRONT LINE OF ASIAN BUSINESS)
2016年10月14日受付
「オーストラリアは、意外と長寿国である」
元 デンソーアジア統括会社社長(シンガポール)
元 デンソーオーストラリア生産会社社長
室殿智秀(オーストラリア在住)
オーストラリアに在住して10年となります。メルボルン駐在時代に、娘2人が大学に進学、そのタイミングで永住権を取得しました。娘達はその後オーストラリアに20年以上定住していることもあり、デンソーを定年でリタイア後、ゴールドコーストに夫婦で住んでいます。ここに住んでいることで、駐在時代とは別の新鮮な知識を得ています
昨年3月、ホームコースでオーストラリア人(OZ)仲間とゴルフの後、歓談の際、一人が「元首相のフレーザーが亡くなったね」と語ったので、「いくつで」と聞いたら、「84歳で」と答えてくれました。「長生きだね~」と呟いたら、「いや、アベレージだろう」でしたので、本当かと思い、世界の平均寿命(2016年5月現在)を調べたところ、日本と並んでオーストラリアは長寿国です。男性はオーストラリア80.9歳世界3位、日本80.5歳6位で、女性はオーストラリア84.8歳世界7位、日本86.8歳1位です。日本で親しいお医者さんに「日本人が長寿なのは、日本食のせいですか」と尋ねたことがありましたが、回答は「まったく、関係ありません。日本が長寿なのは、健康保険が戦後普及し、国民皆保険になっているからです」でした。そうかオーストラリア人は食生活ではアメリカ人と似ており、アメリカ人の平均寿命はどうなのかと調べると、男性76.9歳世界32位、女性81.6歳33位で長寿国とはいえません。アメリカでは、高額の民間医療保険に加入か大企業に勤めていないと、お医者にもかかれない状態が長く続いていて、オバマ政権になり、2012年にやっと国の健康保険できましたので、今後は少しずつ長寿国に近づいていくでしょう。
日本は、戦後早い時期に国民健康保険が制度化され、国民皆保険が普及しました。健康保険料は報酬の10%前後で雇用主が原則5割、従業員が5割負担で、治療費は3割が患者負担となっています。オーストラリアでも同様に国民健康保険(Medicare)が普及し、国民皆保険になっており、永住権保持者も含んでいます。健康保険料は報酬の2%と低く、従業員のみの負担です。治療費の自己負担も、一般的治療であれば、診断治療は無料で、処方箋代のみ患者負担です。ただし、入院治療の場合はカバーされませんし、歯科治療等は対象になりません。従って、重病等に備え、高額ですが民間医療保険に加入が必要(保険料の約1/3は国が保険会社に補助)で、私共も加入しています。一方、シニア(65歳以上)に対しては高額所得者を除き、健康保険料は不要で、処方箋代も通常の1/3と安く、また州政府から2年に一回、男性は内臓器ガン、女性は女性のガンの無料検査通知が届き、全般にシニアに優しい国情です。
日本の医療総額は年間41兆円で、6割は健康保険料と患者の自己負担で賄われ、4割を国が11兆円、地方が4兆円負担、国は人口一人当たり9万円支出し、財政赤字の要因といわれています。一方、オーストラリアは健康保険料、治療費の患者負担が低い分、国の医療支出は5兆円(6百億ドル、A$80円)と大きく、人口一人当たり21万円の負担となっています。しかし、オーストラリアの国の借金総額(2015年末)は53兆円(66百億ドル)で、GDP比で4割弱に止まっているのに対し、日本の国の借金総額(同年末)は1000兆円を超え、GDP比で2.1倍と巨額で、今年も1-6月で5兆円増えています。日本は今後の福祉、医療費等増加に対処すべく、消費税を5%から10%への増税を決めたものの、現在8%に止まっていますが、オーストラリアは、2000年にこれまでの卸売上税(物品税)を廃止し、消費税(GST)を導入、初年度から生鮮食糧品を除き10%でスタート、大きな混乱なく今日に至っています。
その理由は、消費者物価の上昇はネットで3%前後で、オーストラリアは基本的にインフレ経済で年2%前後の物価上昇、賃金アップがあり吸収可能なためです。しかしインフレ経済は、国際競争にさらされる労働集約型の製造業種(家電、自動車等)では不利で、撤退となりますが、産業構造は豊かな資源の鉱業、農業大国をベースに成長を維持しており、景気後退なき成長が25年間続いています(3回の一時的世界金融危機の停滞を除く)。オーストラリアで特徴的なことは、1998年には「予算公正憲章」が発効、財政赤字を続けない、借金を増やし続けないという国の財政健全化の仕組みができていて、着実に運営されています。細かい話ですが、1990年には世界で最初に、1セント硬貨を廃止し、5セント、10セント単位になり、中間はレジで自動的に切捨て、切上げでならされ、損得なしで何の不自由もありません。シンガポールも10数年前に導入しており、日本も1円硬貨を廃止、国全体の生産性向上につなげてほしいものです。
日本の国の借金が増加の一途であることは、若い世代にツケを回しているわけで、シニア世代の一人としてその責任を感じます。国の歳出の合理化、個別議論も必要ですが、医療費支出一つをみても、日本は患者の負担が軽いとは言えません。まずは国家の基本姿勢として、借金をこれ以上増やさないことをコミットし、国民も全体として協力することが必要です。そして、経済成長をいかにして実現するかが大きな課題で、そのためには、産業構造の転換が必要です。GDP寄与が小さく、保護政策に依存する、国際競争力のない産業等は縮小し、アジアの競争力のあるところと補完関係を築きつつ、国際競争力のある付加価値の高い産業、サービス等にシフトしていくことが求められます。また、日本人がもっと英語がうまくなれば、世界のあらゆる分野で、確固たる地位を占めるともいわれており、現在の小学校からの英語教育の前進と国際化の拡大も大事です。短期的な景気後退は覚悟の上で、日本が先進諸国と同様に中長期的な財政健全化を実現していくことを願っています。
以上