アジア経営学会

コラム:アジアビジネス最前線(FRONT LINE OF ASIAN BUSINESS)

「アジア諸国における人材育成 -その課題と展望“日系企業の場合”-」

株式会社Hi 代表取締役社長
HOWZ INTERNATIONAL(S) PTE.LTD. 代表取締役社長
元シンガポールPHP研究所 アジア総支配人
湯浅忠雄

「人材育成4つの課題」
筆者は、15年以上にわたって、アジア諸国に進出している日系企業で働く現地社員のトレーニングを行ってきました。実施国は、ASEAN諸国のみならず、中国、インドなど、アジア全域に広がります。また、受講者の対象は、一般社員から経営幹部までほぼ全階層にわたって指導を手掛けてきました。業種に関しても、製造業、サービス業、金融業、商社、建設業ほか、多岐にわたります。実に様々な日系企業に対して企業研修を実施してきましたが、総じて、日系企業が求めるトレーニングのニーズには、(筆者の研修を受講するかどうかは別として)以下の4点が挙げられます。

 1.組織的視点をもって仕事をする感覚の醸成
 2.報連相(報告・連絡・相談)の理解と実践
 3.役割としての部下指導の必要性の認識
 4.自発的に仕事の改善を進める発想

「永遠の課題」
筆者が前職(株式会社PHP研究所:パナソニックの創業者である松下幸之助氏によって創設)のアジア総支配人(2000年―2009年)として、現地社員の研修を始め、独立(2010年)を経て、今日に至るまで、上記4つの課題は、ほとんど変わることなく、まるで“永遠の課題”であるかのように、横たわっている観があります。日本国内であれば、極めて“当たり前”であるはずの報連相や部下指導も、海外の現地法人で浸透させることは、なかなか骨の折れる作業です。かといって、「この国では、無理だ。」とあきらめてしまえば、日本企業の強みを失うという以前に、たちまち業務が立ち行かなくなる、あるいは大きなクレームやアクシデントにつながりかねませんし、実際、発生しています。いわば、これらの課題解決が、日本企業の生命線を握るといえますし、ケースによっては、アキレス腱ともいえなくもありません。

「日本的“強さ”が、“弱さ”に映る背景と対策」
「なぜ、そこで自分で勝手に判断して、行動するのか。」「なぜ、もっと事前に報告をしないのか。」等々、報連相がないためのトラブルが、海外の日系企業では、ほぼ毎日のように起きていて、日本人管理者を悩ませています。その悩みの延長線上に筆者への研修依頼があるともいえます。そして、研修を実施してみて感じるのは、事前に上長に相談する、あるいは他の協力を仰ぐという「組織的に動く」日本的強さが、現地社員の目から見た場合、“弱さ”と考えているということです。「それは、上長に事前に相談したほうが良いよ。」筆者がそうサジェスチョンをすると、「それぐらいの事は、自分で判断できます。」という回答が現地の受講者から返ってきます。さらには、「問題が大きくなれば、ボスに報告します。」とまで言い切る受講者もいます。「小さな問題は自分で解決して、大きな問題は(大きくなってから)上長に報告する」という発想は、個人力の“弱さ・強さ”という視点とは矛盾する感もあります。そこで、そのあたりを突っ込むと、「自分は、(大きな問題に取り組む)任ではない。」、「(問題を報告すると)自分まで巻き込まれてしまう。」などの回答が戻ってきます。そうした回答から考えられることは、組織力を使った仕事の進め方が、現地社員にとっては、“弱さ”に映る背景というのは、実は、“自己に対する本質的な自信の欠如”(解決できそうな問題にしか手を出さない。)から派生しているのではないかということです。そう考えると、3の部下指導は、『人間の能力は有限である。優秀な部下など育てたら自分の仕事がなくなってしまう。』という意識に遮られ、4の自発的に仕事を改善する発想も、『自分の立場は、上司の指示に従うのみである。』という意識が壁となっているといえます。以上のような考察を進めていくと、組織的に、しかし効果的に仕事を進めるべく現地社員を指導していくためには、逆説的ですが、現地社員の個人力を高め、自信を持たせることがスタートポイントではないかと考えます。

「仕事の本質に立脚する」
改善活動を指導した会社で、受講者から以下のようなコメントをもらったことがあります。「湯浅さん、私は、会社というのは、上司の指示に従って仕事をし、そして給料をもらうだけのところだと思っていた。しかし、改善活動を通じて、自分の意見を伝えそして上長や周囲の部門と協力して、業務改善に取り組んでみて、会社に対する認識が変わった。会社というのは、自分を“成長させる”事ができる場だと気づいた。」仕事は人を天才にする。日本人に比べると、人生における仕事の位置づけが相対的に低い現地社員たちです。主体的に仕事を任せ、当事者意識をたかめると同時に、そもそも仕事とは何かという本質的な理解を促し、人生における仕事の位置づけを高めていくようにすることが、現地の研修には求められています。また、同時に、“組織とは何か”あるいは“仕事とは何か”という点について考えを深めるべきなのは、何も現地社員だけではありません。「報連相とはいくつものレポートを書くことだ。」「組織的に対応するとは、一日中会議をすることである。」―現地社員のそんな発言から、職場の様子が窺いしれる時があります。日本人管理者自体が、形骸化の原因をつくり出していては、何をかいわんや、です。日本企業における人材育成・4つの課題解決は、結局のところ、組織や仕事の本質を見つめることが手掛かりとなります。