アジア経営学会

コラム:アジアビジネス最前線(FRONT LINE OF ASIAN BUSINESS)

2016年2月26日受付

「中国の物価事情とその異常性」

三井物産(中国)有限公司青島分公司
総経理 樋口達之

2012年7月より青島に勤務し、3年8ヵ月が経過している。これまで会社生活の中で中国との関わりは深いが、今回の駐在で一番驚いたのは中国人がお金持ちになったことである。街中を走っているBenzやBMWのような高級車の割合は東京よりはるかに高いとの印象だし、青島市内にあるHisense Plazaには世界の高級ブランドの殆どが店を連ねている。しかも高級車もブランド品も価格は日本よりかなり高いものとなっている。当初はほんの一部の中国人が大金持ちになったのだろうと思っていたが、どうもそうではないらしい。想像を超える多くの中国人が日本人よりもお金持ちになっていた。

その理由は不動産価格の高騰にあるのだろう。2000年より中国経済が急速に発展する中で不動産価格が高騰し、その結果として多くのお金持ちを生み出す結果になったのだろう。日本でも高度成長の時期に多くの土地成金が生まれたが、中国の場合はマンション所有者がそれに該当する。土地成金は土地面積の関係でその数が限られるが、マンション所有者は桁違いの数となる。しかも日本と違い、中国には個人所有の不動産に対する固定資産税はないし、相続税もないので資産家が支払わなければならない費用が一切発生しないことも多くのお金持ちを生む結果に繋がっている。元々中国は社会主義国で住宅は所属する組織(中国語では単位)が提供していたが、改革開放の流れの中で多くの組織は職員に住宅の払い下げを行った。しかも非常に安く。従って手持ちの現金は多くなくても払い下げで取得した住居をベースに不動産投資を始めた人々が数多くいると思われる。

日本では中国の富裕層というとビジネスで成功を収めた一握りの人々とのイメージが強いが、実態としてはそうしたビジネス成功者より不動産を転がしてお金持ちになった人々の数の方が圧倒的に多いと思われる。実際、弊社の中国人スタッフにもそうした資産家がいる。出張の帰りにスタッフを送っていくとかなり高級そうなマンションに住んでいることがわかった。マンション価格を聞くと「約800万元(約1億4千万円)」とのこと。しかも銀行ローンはなく、現金で購入したというので更に驚かされた。もっとも購入当時の価格は現在の五分の一だったとのこと。勿論、弊社の給与ではこんなマンションを購入出来ないので、家庭そのものが資産家だったということである。

こうした資産家が数多くいるというのが中国の現状だと思われる。それは日常品の価格にも反映されている。青島にはイオンが進出しており、私も日常の買い物は全てイオンのスーパーで行っている。着任当初の2012年は為替レートが12-13円/人民元程度で、イオンでの買い物では“日本より高いものもある”という程度だったのが、その後円安・人民元高が進展した2014-15年には(19-20円/人民元)、“かなりのものが日本より高い”との印象に変った。2016年に入り円高に戻しているが(17-18円/人民元)、それでもイオンで買い物をしていると日本より高いものが多いと感じている。イオン以外では例えばユニクロ。ユニクロの製品は中国で生産しているが、何故か価格は日本店舗の方が青島の店舗よりかなり安い。高級車・ブランド品だけでなく、日常品に関しても中国の価格は日本より高いものが多くあるのである。日本では中国人観光客による“爆買い”が話題となり、去年の流行語大賞となった。それはある意味当然のこと。何故なら日本で買った方がはるかに安いからである。

一方、中国の方が日本よりはるかに安いものも多数あることも間違いない。青島での公共交通機関となるバスの乗車価格は1元(17-18円)で日本の10分の1程度。青島市の2014年の平均給与は月4,038元(73,000円)で日本よりはかなり低い。こうした所得でも生活出来る物価水準も存在していることは間違いない。例えば中国人の愛する白酒は1瓶が15元(260円)位から1000元以上もする高級品まで非常に広い価格帯で販売されている。中には1万元以上もする超高級もある。このように中国の物価は非常に幅が広く、富裕層向けと低所得者層向けでは非常に大きな差が存在している。イオンのような店は富裕層をメインのターゲットにしているのだろうから、前述のように日本より高いものが多くあるのもある意味当然かもしれない。ただ、平均給与の人々が青島市で一般的な住宅を購入することは殆ど困難という程、住宅価格が高騰してしまったことは確かである。つまり、“持てる者”と“持たざる者”の格差は日本よりもはるかに大きいというのが今の中国の実態だと思う。

このような中国の物価は大きな幅というのは給与の幅の大きさにも繋がっている。前述の平均給与だけを考えると日本よりはるか低いが、管理職クラスとなると話は別。多分、管理職クラスの給与になると中国は日本より高くなりつつあると思われる。中国に進出している日本企業においては、日本人駐在のコストには給与以外に住宅費等のフリンジが加わるので日本人駐在員のコストはかなり高くなる。ただ、単純に日本勤務の管理職と中国の管理職の給与レベルの比較だけであれば中国人が安いとは必ずしも言えない状況となっている。その意味では物価にしても給与にしても今の中国は上下の幅が非常に大きく、日本の方が実態としてはるかに社会主義的な国家であるとも言える。

最後に余談となるが清明節休暇に昆明の“Spring City Golf & Lake Resort”というゴルフ場に行くことを検討してみた。東洋一のゴルフ場と言われ、私も2001年から5回行ってプレーしたことがある。3泊4日の4ラウンドプレーというベースで値段を調べたところ、何と12,000元(約21-22万円)ほど掛かることがわかった。航空チケット代は含まれていない。あまりの高額さに昆明行きは断念した。ゴルフ場の素晴らしさだけでなく、価格の方も間違いなく東洋一となってしまった。ついに昆明の“Spring City Golf & Lake Resort”が富裕層向けの高級ゴルフ場になってしまったことに寂しさを感じている。